こんにちは。トレーナーの鴇田昌也(ときたまさや)です。
今回は、先日NSCA(全米ストレングス&コンディショニング協会)から日本語版でも発表された、「不活動後の移行期にトレーニングに安全 に復帰するためのCSCCとNSCAの合同 総合ガイドライン」(1)および「COVID-19トレーニングへの復帰 アスリートのための安全なトレーニング再開に関するNSCAガイドライン」(2)に関連して、ガイドライン作成の指標の中でも提言されている不活動後からのスポーツ、運動再開に際して突然死、熱中症のリスクおよび予防と対策に関してお話をしていきます。
目次
助けられなかった後悔
私は、普段、大学陸上競技部のトレーナーとして活動しています。ある時、大学にて記録会が開催された際、観客の方が突然倒れるというアクシデントに遭遇しました。
記録会時の医務員および緊急時の対応責任者はアスレティックトレーナーである私でした。倒れられた方が、発見されるまでどれくらいの時間がかかったのかはわからず、倒れた状態で発見され、駆け付けた時にはすでに意識不明の重体でした。すぐにAED(Automatied external defibrillator: 自動体外式除細動器)および救急搬送の手配およびCPR(Cardio pulmonary resuscitation: 心肺蘇生法)を行いました。救急隊到着までおそらく15分ほどだったと思います。その間、CPRを行い続け、AEDで5回ほどの電気ショックによる除細動を行いました。救急隊が到着し、搬送され処置を受けたとのことですが死去されたことを聞きました。
スポーツ現場では、医療従事者がいないことの方がほとんどです。その中で、現場での救急処置および医療行為の責任者を執るのはスポーツ医師がいない限り、アスレティックトレーナーです。アスレティックトレーナーがいない場合は、活動の指揮を執る指導者、コーチ、もしくは選手や活動者自身になります。その中で、突然死というものはいつ、どこで、誰が起こりうるかわかりません。私の経験でも競技を行っている選手を常に監視していたこと、周りの観客も競技に集中していたことから、倒れられた瞬間を見た目撃者はおらず、心肺停止の状態から一次救命処置をはじめるまでに数分から数十分が経っていた可能性があります。
私は、大学、大学院時代、内科の医師のもとで研究を行っていました。その中で、突然死の対策および一次救命処置(Basic life support: BLS)の手順、緊急時対応計画(Emergency action plan: EAP)には深く追求しているという自信がありました。その中で、上記体験を得て、いくら理論や対応計画をしていても、実際にできなければ意味がない。助けられなければ意味がない。と心の底から思いました。
誰が、いつ、どこで、どのように突然死が生じるかわかりません。とりわけ、本日お伝えする突然死に関してはもちろんですが、これからの夏季に多く発生する熱中症もスポーツ活動中の死亡事故に繋がる疾患です。この記事をお読みいただいたすべての方々が目の前の命を救えることを心より願っております。スポーツや運動に「死」という言葉が一切、結びつかない社会になることを願っています。
突然死と熱中症のリスク
コロナウイルスの影響から不活動期が長くなっている中、スポーツ活動を急速に再開することは突然死や熱中症のリスクを上昇させると報告されています(1)。
コロナウイルスの影響で、
・スポーツ活動が中止されている。
・外出せず暑熱順化されていない。
・活動が復帰された際に急激な運動量の増加となる可能性がある。
これらは、突然死や熱中症のリスクを上昇させると報告されています(1)。
【突然死と熱中症の疫学】
・突然死の発生頻度
突然死の発生頻度は、スポーツを行っている者に各国の研究者から報告されているが,スポーツ種目による大きな違いは認められていません。一般人の参加するマラソン大会などでは0.5〜1 件/10万人であり,競技レベルの高いと推察される学生やスポーツ選手における頻度はやや高く1〜2/10 万人スポーツ選手・年と推定されています(3)。
・熱中症の発生頻度
熱中症の発生頻度は、熱中症診療ガイドライン2015のデータによると、平成 25 年(2013 年)の入院数は 35,571 人(全体 の 8.7%)、うち死亡者は 550 人(全体の 0.13%)で あると報告されています(4)。
学校管理下での熱中症による死亡者数は、過去10年で各年ともに2桁数を下回っているものの死亡件数を完全にゼロにすることができていないのが現状です。(図1)(5)
【突然死、熱中症のリスク因子】
突然死のリスクを高める要因は、心疾患や冠動脈などに基礎疾患を持っていることです(3)。
最もスポーツ活動中の突然死の要因として多いのが肥大型心筋症/特発性左室肥大で31%ですが、突然死の要因となる基礎疾患がない症例が8%もいるのが事実です(図2)(3)。そのため、基礎疾患のない、いたって健康的な人も活動中に突然死に陥る可能性が大いにあるということです。そのため、常にリスクを想定して、リスクの最小化に努めるとともに万一の時のEAPの作成とシュミレーションを何度も行っておくことが重要になります。
熱中症のリスクを高める要因は、気温や湿度などの環境的な要因だけでなく身体内部の要因も多数存在します(表1)(6)(7)(8)。
突然死と熱中症の不活動後のリスク
【突然死の不活動のリスクと対策】
突然死の発生機序には、運動開始の局面と運動停止の局面があります。
運動開始時には、心臓の拍出する血液量(心拍出量)の増加およびカテコラミンなどの交感神経の賦活により、心臓に存在する動脈硬化部位の破綻や、心筋の活動異常(心筋異所性活動性の増加)が生じ、致死性不整脈を起こします。また、運動停止の局面では、血管が拡張している状態で心臓に戻ってくる血液量(静脈還流量)が減少し、冠動脈への血流が低下し、致死性不整脈を起こします。
図3の突然死の発生機序から(9)、心肺機能の低下を来した不活動期からの急速な運動再開は、自身の持つ心臓機能に対してカテコラミンなどの交感神経を賦活させるホルモンが放出され、心臓に大きな負担をかけ、とりわけ図2などの基礎疾患のある方は突然死にいたるリスクが増加すると考えられます。
この不活動期のリスク増加に対しての対策として、循環器機能が段階追って回復し、交感神経の賦活を過剰にさせない運動負荷であることです。そのため、不活動後の運動再開では、ゆっくりと時間をかけたスケジュールで運動負荷を低くしたトレーニングを行っていくことが重要です。また、発生機序にもあるように急速な運動開始は交感神経を急激に優位に、また急速な運動停止は急激な静脈還流量の低下となり、突然死のリスクを増加させます。そのため、十分なウォーミングアップとクールダウンを行うことが重要です。
【熱中症の不活動のリスクと対策】
熱中症の発生する機序は、運動や熱ストレスによる体内での熱の産生が増加し、その上で体内から熱を放出する熱放散のシステムが破綻した時に生じます。
熱の産生は暑熱環境下で運動を行う以上、致し方なく生じますが、熱放散は対策を行うことで増加させることができます。図4のように深部体温が上昇してしまう機序として、熱産生の増加に対して体内では発汗、毛細血管の拡張および循環する血液量を増加させます(7)。この作用により身体を冷却しますが(発汗では、熱が気化熱として放出され、結果として深部体温が下がります。)、循環している血液量が減少、いわば脱水状態となり発汗ができなくなると深部体温は上昇を続け熱中症に陥ります。そのために、循環できる血液量を多くできること、また発汗して熱を放散できる能力を最大化しておく必要があります。
しかし、不活動期が続くと、汗腺(皮膚に存在する汗を出す管状の腺)が小さく閉じ、発汗する能力が低下します。また、不活動期が続いた状態から急速に活動すると循環器能力も落ちているため運動に対して十分な血液量を確保できません。
汗腺の活性化、毛細血管の拡張、循環血液量の増加などの熱放散の機能は、暑熱環境下で1~2週間、活動を行うと活性化するといわれています(1)。それを暑熱順化といいます。とりわけ、熱中症に陥りやすいタイミングは、暑熱環境下での活動をはじめて5~6日ほほどに生じると言われています(1)。
まさに現状の社会情勢のように春を経験せず、不活動の状態から夏の暑熱環境下にて活動を開始した場合、暑熱順化がされていない上に、不活動期による汗腺の機能、循環器機能の低下から、熱放散システムがダブルで低下している中で運動をすることになります。そのため、これからの時期の運動やスポーツは、熱中症のリスクが大幅に増加するといえます。
対策として、まず暑熱順化をしっかりと行うということが第一です。順化するまでは運動強度は低く設定して十分な時間をかけて自身の体力を回復させていくことが重要です。また、熱放散機能を十分にして、トレーニングに臨むためにウォーミングアップを十分な時間をとって行うことが望ましいです。
具体的行動指標
突然死や熱中症を予防するために、この状況からどのようなスケジュールで運動再開をしたらよいか。
「不活動後の移行期にトレーニングに安全 に復帰するためのCSCCとNSCAの合同 総合ガイドライン」(1)および「COVID-19トレーニングへの復帰 アスリートのための安全なトレーニング再開に関するNSCAガイドライン」(2)では、50/30/20/10ルールにて運動を再開していくことを推奨しています。この方法は単純で、運動再開の一週目は通常トレーニング期の50%減少したトレーニング、2週目は30%減少させた70%のトレーニング、3週目は20%の減少、4週目は10%の減少、5週目に通常トレーニング同様の100%の負荷で行うといったものです。原則として運動の種類に関わらずにこのルールに基づいて復帰していくことを推奨しています。このルールは、突然死、熱中症の予防だけでなく、不活動期に低下した筋力、持久力を回復させる期間を考慮され作成されています。運動再開一週目は、活動と休息比(W:R比)を1:4に設定し、再開二週目は1:3に設定することが推奨されています。
伝えたい事
突然死や熱中症は偶発的に起こるものではなく、必然的に起こるものものだと思っています。必要な予防と対策および万一の時の緊急時の対応シュミレーションを何度も行っておくことが重要です。何よりも重要なのは「起こさない」というリスクを最小化する一次予防の考え方で、今回お伝えしたことを肝に銘じて、実践していただければと思います。
私が一番、今回お伝えしたいこととして、新型コロナウイルスの影響で「コロナウイルスによるものではない死のリスク」があることです。
何よりもスポーツや運動という物の中に誰かが亡くなるといったことが絶対にあっていいわけないと思っています。皆さん一人一人のリスクを最小化させる行動が、これから楽しく運動やスポーツを行っていく中で極めて重要となります。
今まで我慢してきた中で、運動再開にあたり、再度ストレスが多々かかりますが、命を守るために皆さんで頑張っていきましょう。
参考文献
1. Caterisano A, Decker CD, Snyder C Ben, Feigenbaum M, Glass R, House P, et al. 不活動後の移行期にトレーニングに安全 に復帰するためのCSCCとNSCAの合同 総合ガイドライン. Strength Cond J. 2020;13–37.
2. National Strength and Conditioning Association. COVID-19トレーニングへの復帰 アスリートのための安全なトレーニング再開に関するNSCAガイドライン. Natl Strength Cond Assoc [Internet]. 2020; Available from: NSCA.com/COVID-19-return-to-training
3. 武者春樹、藤谷博人. スポーツにおける突然死とその予防. 心臓. 2016;48(2):127–34.
4. 日本救急医療学会「熱中症に関する委員会」. 熱中症診療ガイドライン2015. 2015; Available from: https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/heatstroke2015.pdf
5. JPON SPORT COUNCIL. 学校の管理下の熱中症の発生傾向 2014.
6. Navarro CS, Casa DJ, Belval LN, Nye NS. Exertional heat stroke. Curr Sports Med Rep. 2017;16(5):304–5.
7. Epstein Y, Yanovich R. Heatstroke. N Engl J Med. 2019;380(25):2449–59.
8. Alele F, Malau-Aduli B, Malau-Aduli A, Crowe M. Systematic review of gender differences in the epidemiology and risk factors of exertional heat illness and heat tolerance in the armed forces. BMJ Open. 2020;10(4):1–10.
9. Franklin BA. Cardiovascular Events Associated With Exercise. J Cardiopulm Rehabil. 2005;25:189–95.